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ウミホタルガクレの性転換

筑波大学生物科学研究科 松澤巨樹(Matsuzawa Oki)

はじめに

ウミホタルガクレOnisocryptus ovalis は等脚日ヤドリムシ亜目に属する海産甲殻類の1種で、非常に特殊な生活様式を持つことが知られている。Shiino(1942)によって記載されたこのウミホタルガクレは、その名の通り、同じ甲殻類の1種であるウミホタルVargula hilgendorfii (貝虫目、ミオドコパ亜目)の背甲の内側に外部寄生し(図1)、また雌雄同体で雄性先熟型の性転換をする(図2)。Shiino(1942)によれば、ウミホタルガクレの性転換過程は4つの段階があり、それぞれの段階を成長の順に、雄期(male)、性転換第1期(first stage)、性転換第2期(second stage)、そして雌期(female)と呼んでいる。雄期はクリプトニスクス期とも呼ばれ、この時期にウミホタルヘの外部寄生を始め、宿主が背甲内側に産みだした卵を食べて、性転換に必要な栄養を得る。大きさは雄期で体長約1mm程度、性転換後の雌期で約2mm程度である。雄期には体節性も明瞭で7対の胸脚を持ち、一般的な等脚類の形態をしており活発に運動するが、性転換が進むにつれて体節性は不明瞭となり付属肢も段階的に失われ、雌期には運動性もほとんどなくなり、とても甲殻類とは思えないような形態となる(図2)。

図1.ウミホタルに寄生するウミホタルガクレ(Onisocryptus ovalis)上は写真、下は説明図。雄期(Male)と雌期(Female)のウミホタルガクレがウミホタル(Host)に寄生している様子。スケールバーは1mm。

図2.ウミホタルガクレにおける性転換の4つの過程 A:雄期背面、B:性転換第一期側面、C:性転換第二期背面、D:雌期背面 スケールバーは0.5mm。

このように興味深い生活様を持つウミホタルガクレであるが、多くのことは未だによく調べられていない。そこで私は、ウミホタルガクレの性転換がおこる条件や性転換にともなう精巣や卵巣などの生殖器官の変化などに着目し、飼育実験と組織学的手法による観察を行ってきた。

研究材料としてのウミホタルガクレ

ウミホタルガクレの飼育は比較的容易であった。一般に寄生性の動物は多数の材料を得られにくいうえ、飼育も困難である場合が多い。しかしウミホタルガクレの場合は、宿主であるウミホタルがたくさん採集できるために、多数の材料を採集することができる。また、ウミホタルの背甲は透明なため、ウミホタルガクレの寄生の有無や成長段階の確認も容易である。さらに、宿主のウミホタルは小さな管ビンにきれいな海水と砂をいれ、時折少量のカマボコを餌として与えれば、簡単に飼育ができる。そこで本研究では、多数のウミホタルを個別に飼育して、それに寄生するウミホタルガクレの間接的な飼育を行った。
また、ウミホタルガクレ自体の取り扱いも容易なことがわかった。宿主のウミホタルの背甲をピンセットを使って開くと、ウミホタルガクレを傷付けることなく取り出すことができ、さらに、雄期のウミホタルガクレであれば、ウミホタルと一緒に小さなシャーレなどに入れておけば自らウミホタルの背甲の内側に寄生することもわかった。そのおかげで、人為的に宿主となるウミホタルを取り替えたり、ウミホタルガクレの寄生数を調節することもでき、本研究で必要とされる操作は非常に容易であった。
寄生性にもかかわらず、ウミホタルガクレは採集も飼育も操作も非常に容易で、理想的な研究材料であるといえるだろう。

性転換がおこる条件

表1 ウミホタルガクレが性転換を起こす条件

前述のような方法を用いて、さまざまな条件での飼育を試してみたところ、ウミホタルガクレが性転換を起こすために必要な条件のあることが明らかになった(表1)。
まず、宿主となるウミホタルがオスの場合や未成熟なメスの場合には、ウミホタルガクレに性転換は起こらなかった。宿主であるウミホタルは自分自身の背甲の内側に産卵し、孵化に至るまで卵を背甲内で守るが、ウミホタルガクレはその卵を餌として性転換に必要な栄養を得ていると考えられる。そのため卵を産まないオスや未成熟なメスのウミホタルに寄生したウミホタルガクレは性転換を起こさないものと推測される。
実際、採集されたウミホタルガクレの大半は成熟したメスのウミホタルに寄生しており、オスや未成熟なメスのウミホタルに寄生していた個体はごく少数であった。また、成熟したメスのウミホタルに寄生したウミホタルガクレでも、単独の寄生では性転換は起こらなかった。性転換が起こるのは、成熟したメスのウミホタル1個体に対して、同時に2個体以上のウミホタルガクレが寄生した場合だけであることがわかった。さらにその場合であっても、一度に性転換を始めるのは1個体だけで、他の個体では性転換は起こらなかった。雌期となった個体は1度の産卵で生涯を終えるが、その後ふたたび条件が満たされれば、残された雄期の個体の中から新たな雌期個体が生じることが確認された。すなわち、餌となるウミホタルの卵が得られ、複数の雄期個体が同時に寄生しているときに、そのうちの1個体だけが雌期となることによって雌雄の出会いが成立し、産卵にいたるのである。
性転換を起こすためにこのような条件を必要とすることは、いつ他の個体と出会えるかわからない寄生生活において、雄と雌が出会うチャンスをより確実なものにするための巧妙な仕組みが働いていることを示唆している。残念ながら、ウミホタルガクレが、宿主であるウミホタルの雌雄や成熟の度合いをどのようにして知りうるのか、また、同時に同じ宿主に寄生した雄同士のなかからどのようにして性転換を起こす1個体が決められるのか、そのような具体的な性転換の制御機構についての知見はこれまでのところ得られていない。これらの点は今後の興味深い研究課題の1つである。

性転換にともなう生殖器官の変化

一般的な等脚類では、精巣であれ卵巣であれ、生殖巣は胸部に左右1対の袋状の器官である。しかし雌期のウミホタルガクレを外部から透かして観察したところ、卵巣は左右1対ではなく、左右の管状の部分と中央部を横に結ぶ部分からなるH型に見える。またShiino(1942)も同様の記載をしている。このことは、寄生性であるとともに著しい体制の変化をともなった性転換を行うウミホタルガクレでは、生殖器官にも特殊化がみられる可能性を示唆している。また、性転換の過程で雄期の精巣がどのように変化し、卵巣はどのように形成されるのか、これまでに研究された例はない。このような疑問を解き明かすために、性転換過程のさまざまな段階にあるウミホタルガクレの連続組織切片を作成して生殖器官の変化を観察したところ、実際にいくつかの特殊化した特徴が認められた。

図3.ウミホタルガクレの性転換にともなう生殖巣の変化
網掛部は生殖巣を示す。A:雄期、B:性転換第一期、C:性転換第二期、D:雌期

雌期の卵巣は、Shiino(1942)の記載や外部からの観察のとおり、確かに H 型であることが確認された。ところが、雄期の精巣は一般的な等脚類と同じ左右1対の器官であった。性転換過程を観察すると、左右1対の精巣が直接卵巣へと変化するのだが、その変化の過程で性転換第1期に左右の生殖巣が中央部で癒合することによって H 型となることが明らかになった(図3)。
ウミホタルガクレの H 型の卵巣は等脚類の中でも独特のものであるが、その形成過程は H 型が左右1対の基本形からの二次的な変形であることを示唆している。なぜ H 型になるのか明確な理由は不明だが、ウミホタルガクレは寄生生活を行うためか他の等脚類にくらべて非常に多数の卵を一度に産むので、多数の卵を一度に形成するために卵巣の体積を拡大させる必要があるのだとも推測できる。いずれにせよ、ウミホタルガクレに見られた H 型の卵巣は他の等脚頬に類例のない特徴である。
また、ウミホタルガクレでは性転換にともなって精巣が直接卵巣へと変化し、それまで精子が形成されていたのと同じ場所で今度は卵形成が始まるわけだが、その卵巣の内部では多数の卵母細胞の全てが同調的に成長しており、一度の産卵で全ての卵が産みだされることが明らかになった。多くの甲殻類では卵巣にさまざまな成長段階の卵母細胞のみられるのが普通であり、ウミホタルガクレのように全ての卵母細胞が同調的に成長して一度に全てが産卵されるのは特殊な例といえる。この特徴もやはり、多数の卵を一度に産卵して一回の産卵で生涯を終えるという、ウミホタルガクレの繁殖戦略に対応した特殊化だと考えられる。

特殊な産卵様式

図4.ウミホタルガクレの産卵様式(一般的な等脚類との比較)
左がウミホタルガクレ、右が一般的な等脚類の模式図。
どちらも胸部(輸卵管のある部分)の横断面。

通常、等脚類を含むフクロエビ類の成体雌は、胸部付属肢の基部から伸びる覆卵葉と呼ばれる葉状の突起によって形成される育房と呼ばれる空所を胸部腹側に持っており、この育房内に産卵して孵化後まで保護することが知られている(図4)。一方ウミホタルガクレでは、性転換にともなって著しく体制が変化して雌期までには完全に付属肢を失ってしまうために育房は形成されないのだが、どのように産卵するのかはよくわかっていなかった。今回の組織学的手法による観察から、ウミホタルガクレは自身の虫体とそこから完全に剥離したクチクラの間に産卵することが明らかになった(図4)。 産みだされた卵はその後孵化するまでそのまま虫体とクチクラの間で保護される。そのために産卵後の雌は多数の卵を詰め込んだ袋のようになってしまう。まさに身を引き裂いて産卵し、自らの体を盾に卵を守るのである。腹部の一部分の体表を剥離させて育房のかわりとする例はこれまでも他の等脚類にも知られているようであるが、ウミホタルガクレのように虫体の全てからクチクラが剥離する例は他に見あたらない。この特殊な産卵様式が、多数の卵を保護するための特殊化なのか、育房を持てないために選んだ苦肉の策なのかわからないが、いずれにせよ、寄生性で性転換を行うという特殊な生活様式に関連して生じた特殊化だと考えられる。

今後の展望

これまでに述べた以外にも、ウミホタルガクレの生殖器官にはその特殊な生活様式に関連していると考えられる特殊な特徴が見つかっている。しかし一方では(今回ここでは紹介しなかったが)他の一般的な等脚類や多くの軟甲頬ととてもよく共通した保存的な特徴もたくさん見つかっている。特に卵巣の組織構造については、軟甲類全体に共通すると考えられる基本的な特徴がよく保存されていることが明らかになりつつあり、このような保存性の高い特徴の比較によって、等脚類や軟甲類さらには甲殻類全体の系統進化についての理解を深めるためのヒントを得られる可能性が高まっている。等脚類は甲殻類の中でも生活様式の多様性が最も高い分類群として知られており、さまざまな生活様式の種を比較するには最も適した分類群である。今後は他種との比較を行い、生活様式の特殊化に関連した生殖器官の特徴と、それとは関連しない進化的に保守的な特徴とを明らかにし、それらの特徴をもとに等脚類を中心とした系統学的な考察を展開したいと考えている。
また先に述べた性転換開始の制御機構の問題もたいへん興味深いテーマである。その一端の解明を目指して、今後も実験的な飼育を続ける計画である。

謝辞

本研究全般にわたって徹底した指導をして下さっている牧岡俊樹教授(筑波大・生物科学系)に、また、いつも暖かい励ましと適切なアドバイスを下さる八畑謙介講師(筑波大・生物科学系)に心から感謝したい。
さらに、本研究を始めるにあたってウミホタルの採集や飼育に関して親切なアドバイスを下さり、またウミホタルガクレに関するさまざまな情報を提供して下さった、故阿部勝巳先生(元静岡大学教授)に厚くお礼申し上げたい。この場をお借りして感謝の気持ちをお伝えするとともに、こころからご冥福をお祈りいたします。

引用文献

Shiino,S.1942.Note on Cyproniscus ocalis n. sp., a new cyproniscan parasite(Epicaridea,lsopoda)found on Cypridina hilgendorfi. Anotationes Zoologicae Japonenses.21(2):82-89

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